FC2カウンター

プロフィール

久世

Author:久世
元HNは「微雨」「雨月」でした。
「久世」に改名しましたが、どれも私には違いないのでお好きなHNで呼んでください。

・上の絵はまろさんに描いてもらいました!

セブンスドラゴン

 

リンク

ブロとも一覧


ミリィのにっき

ARS seeds ~お絵かき日記~

あさぎしょこら。

じゃむさんっぽいどホームページ

オムライスのある風景

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Powered By 画RSS

理性的な理想と、感情的な現実

Category : 主観的思想
もういっそのこと、「主観的思想」というカテゴリーをつくってしまおうか
需要があるかは分からないが、纏めておいた方が良いだろう
私は思ったことを書き綴ってばかりいるのだからね

私は思想家でありたく思う
他人と比べれば私の持論は間違いもあるだろうし、知識が足りない部分もあるだろう
しかし、それは確かに私の経験から生まれた考えなのだ
だからただ否定をするのは好ましくない
一人一人思うことは違うのだから、勿論私の意見を否定的に思うこともあるだろう
その時、どうか「この意見は違う」だけでは終わらせないで欲しい
何故そう思うのか、私と貴方の思想を比較して理由を探して欲しい
そうすればきっと、何かを得られるかもしれない

具体的に例を挙げれば大学の推薦や就職活動に役立つのではと思われる
「自己推薦書」「自己PR文」などは自分のこと、つまり自分の意見を把握していないと書けないのだから
「小論文」だってそうだ、社会問題などを自分の意見と一般的な考えを比較しなければならない
自分の意見を理解し、記すことは大切だ
私としてもおすすめである
興味があったら最近深く感動した出来事、家族に対する好意と恋人に対する好意の違いなどを考えてみるといい

本題に入ろう
「理性的な理想と、感情的な現実」
つまりは、「私は理性的でありたい。そして同時に、私は感情的である」という意味だ
私の中にはその両方が共存している
その為、時折それらが衝突することもあるのだ
なんとも面倒で厄介な奴らだな…、世話が焼ける分愛着も湧くのだが

素直にはしゃぎ、曇りのない純粋な言動で人と接する様子は幼い頃から見られる
確か、小学生の頃までだっただろうか
中学生の頃は正反対
弱味を見せまいと強く振る舞い、感情を押さえ込んで孤立していた
あまりにも私に常識というものが無かったことを知らしめられた三年間であった
しかし、それぞれ得られるものはあったし、それなりに私の為になる過去であったとは思う
高校生は、自分を見直し、考える時期であると言えるだろう
きっかけは一年生の頃に受けた倫理の授業だ
アイデンティティの確立、その言葉は今でも覚えている
自分とはどういう人物なのだろうか、今後どのように自分と向き合って生きていけばいいのだろうか
そのようなことは今でも私の課題となっている

過去を振り返ると、私には常に感情というものを持ち合わせていた
人間として存在しているのであれば、それはごく当然のことではあるのだが
理想が理性的である為に、些かそれを野放しにする訳にはいかないのだ
だからといって感情を全て排除することは難しいだろうし、それを行うには感情的な私に愛着が湧きすぎた
それならば、代わりにする必要がある方法は、理性で感情をコントロールする事
喜びや楽しさなど自他ともに害のない感情であれば、好き勝手にやらせて放っておくときもあるが
嫉妬や憎悪は僅かな発露でさえも許されない、がんじがらめにに拘束することだろう
極端だな、と自分でも思う
私には感情を抑えるか、抑えないかの二択しかないのだから
しかし私は、抑制する加減を臨機応変に変えられるほど、器用な人間ではないのだ

うわ、寝たら続きが吹っ飛んだわ…
日を跨ぐと考えてること忘れちゃうんだね…
スポンサーサイト

非公開コメント

  

最新記事

最新コメント

カテゴリ

月別アーカイブ